オリンピック選手と発達障害

豪雨、雷と不安定な天候が続いています。

亡くなられた方もいらっしゃいます。
ご冥福を心よりお祈りいたします。

もう北京オリンピックは随分前に終了したかのようですが
まだ1週間もたっていないんですね…

オリンピックが終わってから突然秋っぽくなり、せみの声と
虫の声が同じ日に聞けるようになりました。

恵比寿地区は夏休み最後のラジオ体操習慣です。
あいにくのお天気ですが、子どもたちは元気に会場に
集まります。

そんな秋の気配と共にオリンピックの記憶も薄れて
きましたが、今日はちょっぴり遅いですがオリンピック関連の
内容です。

2008年8月8日から24日までおこなわれた北京オリンピック、
柔道、水泳、サッカー、バドミントン、野球、レスリング、
バレーボール、陸上etc.すべての選手がメダルを取るために
歯を食いしばってがんばっている姿は本当に美しかったです。

テレビを通してしばしば涙しながら競技を見ていました。
以前はオリンピックで涙なんて流さなかったのに、年を重ねた
ということでしょうか…。

さて、今回、印象に残ったオリンピック選手がいました。
アメリカ代表の1985年生まれのマイケル フェルプス
(Michael Phelps)選手です。
みなさんもご存知の史上最多の8個の金メダルを手にした水泳選手。

このフェルプス選手は小学校の頃ADHD-注意欠陥・多動性障害と
診断され、集中力を養うために水泳を始めたそうです。
オリンピックでもしばしばテレビに映っていたましたが
フェルプス選手のお母さまとおねえさんの協力、そして
スイミングスクールの理解も絶大だったのでしょう。

ADHDには天才を作り出すとの説もありますが、才能と集中力、
そしてもちろん日々の練習がこれらの金メダルに結びついたのでしょう。

8つの金メダルを取ったあと、新聞でフェルプス選手が
ADHDという記事を読んだとき、アメリカの友人たちのことを
思い出しました。

私は大学3,4年生で留学し、アメリカで過ごしました。
そのとき仲良くなったアメリカ人の女の子の口から

“I had dyslexia.”
と言われました。

“dyslexia” (ディスレキシア)とは日本語でもそのまま英語読みにも
なっていますが「読み字障害」とも言います。

当時、”Dyslexia ディスレキシア”「読み字障害」という
言葉すら知らず、一瞬驚きましたが
周りにいたアメリカ人たちも口々に自分もそうだったとか、
自分も発達障害だ、と普通に話し出しました。

みんな普通に寮生活を送り、授業をうけ、中にはハイスクールを
スキップして飛び級で入学した生徒もいました。

今でこそ「発達障害」という単語はよく耳にしますが、
私が学生をしていた1989年当時、私は「発達障害」について
何も知りませんでした。

それも私は心理学を勉強するために留学したのですが、
恥ずかしながら、当時の私には初めて耳にする単語でした。

一方でアメリカでは心理学もなにも関係のない普通の生徒たちが、
日常会話であたりまえのように自分がそうだった、と話していたのは
本当にびっくりしたことをいまでも覚えています。

彼らは小学校、中学校でチューターが傍らにいて、自分のペースで
指導をしてくれたために今ではほとんど問題なくなったと、
言っていました。

そして体操や水泳といった何か極めた特技もありました。

実際、みんなわたしの目からはまったく他の生徒と
変わりなかったですし、今でも連絡を取り合っている友人は
大学を卒業後、高校の先生になり、今は2児の母として元気に
過ごしています。

いまや「3年B組金八先生」にも取り上げられるになり、
日本でも定着しつつある発達障害。

レオナルド・ダ・ヴィンチやモーツァルト、坂本龍馬、
エジソンやアインシュタインも発達障害を抱えていたといいます。

それでも日本のADHD-注意欠陥・多動性障害、自閉症などの発達障害
はまだまだ日本ではまだまだ理解されるのが難しかったり、彼らのもつ
すばらしい才能がまったく生かされていないのが残念です。

日本でもアメリカのように当たり前のように話せて、
その人に合う教育が受けられて、そして才能が伸ばせる、
いつかそんな日がくることを願わずにいられません。

9月2日より都市交流でトルコ、フィンランドへ行って参ります。
フィンランドは特別支援学級がとても注目されています。
ぜひフィンランドでは交流を通してこういったことも勉強して
来たいと思っています。